大判例

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東京高等裁判所 昭和46年(う)2706号 判決

本籍

東京都台東区三筋二丁目二九番地五

住居

同都文京区千石三丁目二五番四号

会社役員

梶田善次郎

大正一〇年五月二日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和四六年九月四日東京地方裁判所が言い渡した有罪判決に対し、被告人から適法な控訴の申立があったので、当裁判所は、検事中野博土出席のうえ審理をし、つぎのとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人山口鉄四郎作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検事古谷菊次作成名義の答弁書記載のとおりであるから、これを引用し、これに対して、当裁判所は、つぎのとおり判断する。

所論に徴し、本件訴訟記録および原審において取調べた証拠に現われている事実を調査して考察するに、被告人の本件逋脱税額は、昭和四二年度分は四、六四八万六、九〇〇円、昭和四三年度分は、三、八五九万六、五〇〇円、昭和四四年度分は三、六〇六万九、九〇〇円で、合計金億二、一一五万三、三〇〇円の多額に及んでおり、その犯行の手段、態様も相手方の帳簿組織の不備と思われるものについてその売上を除外し、右売上除外を隠蔽するため簿外仕入を行ない、また架空仕入については、大阪、甲府、東京などに架空仕入先名義の普通預金口座を設けるなど、極めて計画的であるから、その責任は、重いといわなければならない。

もっとも、被告人が本件犯行をなすに至ったのは、企業の防衛ないしは維持のためであって、被告人個人の遊興費などを捻出するためでなかったし、また被告人は、本件犯行が発覚するや、素直に脱税の事実を認め、国税局の調査に協力し、本件については勿論のこと、査察の対象外である昭和四〇年度分および昭和四一年度分の所得についても修正申告をなし、その税額を納入したほか、本件についての重加算税も納入して、反省改悟の情を示しているから、これらの事情は、被告人の科刑について考慮されなければならない。

しかしながら、これらの事情や被告人に前科、前歴のないことなど、被告人にとって利益となるべきすべての量刑の事情を合わせ考えても、前記被告人の責任の重大性に鑑みると、原判決の量刑は、相当である。論旨は、理由がない。

よって、本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法第三九六条によりこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 三井明 判事 石崎四郎 判事 四ツ谷厳)

昭和四六年(う)第二、七〇六号

控訴趣意書

所得税法違反 被告人 梶田善次郎

右被告事件について東京地方裁判所の言渡した判決に対し、被告人は控訴を申立てたが、控訴の趣意は左記のとおりである。

昭和四六年一一月二日

右弁護人 山口鉄四郎

東京高等裁判所

第一三刑事部 御中

原審裁判所は、所得税法違反の罪により被告人に対し懲役六月(二年間執行猶予)及び罰金二千五百万円の刑を言渡した。しかし本件違反事実に対し右自由刑は、執行猶予附きであるからやむをえないが、右罰金額は、多額に過ぎ不当であると思料する。

(一) 本件違反の動機は被告人の業態と密接に関連し、税金を過少に申告したのは必ずしも私利私慾からばかりとは言い切れない節が認められるのである。

被告人の業態は、宝石や地金を仕入れ、これを委託加工に廻して指輪等の装身具に製造し、全国各地の問屋に元卸しするのであるが、その製造工程は機械による大量生産には全くなじまず、一箇一箇手造りであるために材料の製品化には二ケ月乃至三ケ月という日数を必要とする。又宝石類というものは需要に応じ随時適当な品物の仕入れができるというようなものではなく、適当な品物があれば差当り必要でなくとも買っておこうということで購入するのである。右のような理由で材料、仕掛り品の在庫は過剰にならざるをえないのである。かくして資本廻転率は他の商品、製品に関する企業に比較して極めて低く、年二回転半位というのであるから例えば被告人の現在の営業規模である年商一〇億円とするためには四億円の資本を必要とする訳けで、資本効率の極度に悪い営業ということになる。更に支払関係は宝石は掛買いができるけれども、金地金と加工賃は現金払いであるのに対し売上げ関係はすべて五ケ月前後という長期の掛売りである。

以上の諸理由によって必然的に資金に対する需要が強いのであるが、金融機関からの借入れは、製造工場を持っているわけではなく、その他適当な担保物件がないために殆ど期待できないのである。又販売先からの受取手形も同様弱少企業の振出したものであるから思うようには割引きを受けられない。又時に資金繰りの必要上商品の換金を急げば必需品ではないから馬鹿安い値段にしか売れないのである。

かくして被告人の業態の特質上、一かどの営業規模を維持し、更にこれを発展させてゆくためにはかなりの額の自己資本を持つことが不可欠となる。

ところで被告人は、昭和二三年開業以来、本件違反対象年度を含めて昭和四五年五月その営業を株式会社組織に改めるまで約二二年間に亘り個人営業を続けてきたのである。だからその営業所得に対しては所得税が課せられることになる。所得税は、法人税と異り累進課税であり、所得が多額となると税率は驚く程高率になる。本件違反対象年度の所得(年間約八千万円乃至一億円)の課税率は凡そ六五パーセントである。税金はそれだけでは、済まない。その外に地方税として五パーセントの事業税と一〇数パーセントの都民税が賦課されるからこれを合計すると八〇数パーセントの税金を支払うことになる訳である。一億円の営業利益を挙げても八千何百万円かを税金として納め残りの一千何百万円で生活しその余りがやっと資本として蓄積されることになるのであるから、営業資金の需要に十分応じ切れない訳けである。

被告人の違反の動機は主として右の点にあったと認められるのである。

被告人が捜査の段階以来「違反の動機は企業維持のため」と繰りかえし述べているのは、右の趣旨であって、決して単に贅沢をしたいとか貧るためとかいうのではなかったのである。

因みに税法は企業維持の見地から会社組織による企業に対しては画一税率による法人税を課しているが、その税率は当時三五パーセントであるから、被告人が若し会社組織を採っていたとするなら、国税の点で税率において約三〇パーセント、税額において昭和四二年度乃至昭和四四年度の三ケ年だけで約八千万円を節減しえた筈なのである。(原審提出の弁論書附表参照)

(二) しかしだからといって被告人は逋脱行為を平気で行なっていたものではない。常に良心の苛責があったのである。ただ年来続けてきた表裏ある経理を一挙に表一本の経理に改めてすっきりさせようとすれば過去の脱税行為が現われてしまう。そこに被告人の苦脳があったのである。それで毎年の申告に当っては逐次申告率を高めることとして真実に近づきつつあったのである。この点は、原審検察官も認められ、論告において、良い情状の一つとして指摘されているし原審裁判所も判決の言渡しに際して、被告人の申告率がこの種違反事件としては高いことを酌量すべき点として説示されているのである。

被告人は、右のとおり違反に対して常に良心の苛責があり、苦悩があった。だから査察を受けたとき、当惑したことは勿論であるが、他面、これを過去の膿をすっかり洗い出して積年の心の重荷をおろし、すっきりした気分になる契機と考え、国税局の調査に対しては積極的に協力し、きかれることはすべて卒直に述べて隠し立てはせず、又押収捜索の際に係官が見落した品物、例えば職方加工廻し中の宝石に関する控えや手持現金、有価証券等調査遂行上重要な物件を自発的に届け出ており、又調査が終了し対象年度たる昭和四二年乃至昭和四四年の各逋脱額が確定するとともに係官の指示するとおりの修正申告をなしなお対象外年度である昭和四〇年及び昭和四一年分についても同様指示を受けたとおり修正申告をなしてすべて納税を完了しているのである。被告人の右の態度はまことに改俊の情顕著であると申して差支えないのである。

(三) 被告人が本件査察を契機として追加払いした税金の額は、

(1) 所得税本税(昭和四〇年乃至昭和四四年度分)

金一億三千五十万円

(2) 同延滞税(昭和四〇年乃至昭和四四年度分)

金九百十二万円

(3) 同重加算税(昭和四二年乃至昭和四四年度)

金二千八百五十七万円

(4) 事業税(昭和四一年乃至昭和四五年度)

金九百二十万円

(5) 都民税(昭和四一年乃至昭和四五年度)

金三千四百二万円

総計

金二億一千一百四十一万円

である。

これ等はいずれも納付命令を受けるや直ちに納付し、すべて完納しているのである。

(四) 本件逋脱額は、合計約一億二千万円を越しかなりの多額に上るのであり被告人の責任の決して軽くはないことを認めるのであるが、かように逋脱額の多くなった一つの事情として前記のように被告人が個人営業方式で営業をしていたために極めて高い税率の適用を受けたことを御留意願いたいのである。

被告人は、前掲記の如く地方税まで含めると総計二億一千万円を超える税金の追加払いをしている。これは納めるべきものを納めたのであって当然のことである、その額の多いのは違反の大きいことを裏書しているに過ぎないのである、といってしまえばそれまでのことではあるが、若し会社組織で営業していたとするなら、個人営業の場合に比してこの納税額は恐らく一億円以上は少なくてすんだものと思われるのである。

次に被告人が本件に対する重加算税として納付を命じられた額は三ケ年分計金二千八百五十七万円に上っている。重加算税が逋脱行為に対する租税行政上の制裁として科せられるものであり逋脱犯に対する刑罰である罰金とは性質が異るものであることに異論はないのであるが、しかしいずれも税金の逋脱に対して懲罰的な意味合いで科せられる金銭的負担であることに変りはないのである。従って罰金額の算定においても右重加算税のことを十分に留意願い度いのである。

被告人は既に二億一千万円に上る追加納税を完了したために長年に亘って蓄積した資金の大半はなくなり営業困難な立場に陥っている。そしていわゆるドルショックにより今後予想される一般業界の深刻な不況の中にあって扱い商品が贅沢品であるだけに被告人の営業の前途はまことに楽観を許さぬものがあるのである。かかる際において更に二千五百万円という多額の罰金を納付するということは被告人にとって真に辛いことである。

何卒以上諸般の事情を御酌量賜り罰金額をできるだけ減額されるよう懇願申し上げる次第である。

以上

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